プロフィール

釘宮千恵美
うお座 A型 非常に単純な性格、何事も意欲的に取り組み、情にもろい。

●好きな言葉 「何とかなる」「必要必然の流れ」「人間万事塞翁が馬」
●好きな食べ物 「和菓子」(特に小豆入り)
●趣味  読書・いけばな(知香流)・フラワーアレンジメント・お茶(裏千家)・習字(日本習字八段)・心理学・
 温泉めぐり・おいしいものを食べに行くこと

●最近読んだ本
「人生が一変する 量子力学的感謝日記」(村松大輔著)
「70歳が老化の分かれ道」(和田秀樹著 )

☆精神世界へ入ったきっかけ

今から、40年ほど前、当時5歳年下の実妹が、東京の医科大学付属病院で
看護婦になるべく勉強していました。

その妹が、年末年始の休みで実家に帰省した時に、
「姉ちゃん、東京ではこんな本が流行っているよ」と紹介してくれたのが、
「アウト・オン・ア・リム」(愛さえも越えて)シャーリー・マクレーン著、エドガー・ケーシー〈秘密〉シリーズ「転生の秘密」ジナ・サーミナラ著 多賀瑛訳でした。

カルチャーショックを受けましたね。
こんな世界があるのかと、全く知らない、考えも及ばないものでした。

それから、それらの本を読み漁りました。
また、ルドルフ・シュタイナーの精神科学の考え方を知り、
マーフィー理論といわれるジョセフ・マーフィー著「眠りながら巨富を得る」
大島淳一訳で潜在意識を知り驚きました。

「願えば叶う」という考え方をするようになったのも、この頃からでした。

人間は、ただ単に肉体と精神のみで構成されているのではなく、
更にもう一つ己の魂の存在と言うものがあり、
それらを自分自身で磨き高めていくために、
この世に生まれてきたのだと考えるようになったのでした。

そして、それからは、機会があるごとに、いろんなジャンルの本を読みました。
「狼にそだてられた子」ゲセル著生月雅子訳の本では、人間は環境に順応することを知り、特に乳・幼児期の子育ての大切さを知りました。

また、「アガスティアの葉」青山圭秀著や、矢山利彦著「気の人間学」などの
本と出あい、その世界の広さ、奥行きの深さを知ったのでした。

「生命の暗号」村上和雄著では、
微細な遺伝子の見事な調整を可能にしているものの存在を
「サムシング・グレート(偉大なる何者か)」があるということを知りました。
その遺伝子のスイッチをオンにすることで、
自分のまだ眠っている能力が目覚めてくることも。

自分とは何者か?
どうして、この世に生まれてきたのか?
私は、何をすれば良いのか?
私の生き方は、間違っているのか?
私は、どうなるのか?

考えれば考えるほど、わからなくなり、
暗い深みにはまっていく恐ろしさを感じたものでした。

☆なぜか?

実は、私の父は、長い間体調を崩していたのでした。
すでに、他界して23年の月日が流れました。
私たち家族は、父の死と同時に大変な時代が終わったのです。
今は、過去のこととなってしまっているので、素直にお話することが出来ます。

子煩悩で、働き者の父が、念願のマイホームを建てようと土地を購入したとたん、変わってしまったのです。
その日を境に仕事は出来ず、家族に当り散らし、
意味不明な言葉を発するようになったのです。

家族は、困り果てました。
精神科の病院に強制的に連れて行ってもらい、
その後の貴重な人生の大半を病院での入院生活で送るようになってしまいました。

その間、約30年。
あちらこちらに「お参り」「御祓い」に行きました。

最初のころは、毎週いらっしゃいと言われたので毎週行きました。
車で2時間、当時は軽自動車で、エッチラオッチラ山道を運転していきました。
「良くなれば!」その一念で。
免許も取立てで、毎回冷や汗ものでした。

そこは、いつも30人くらいの人が集まっているのです。
それを見て、「ウチだけじゃないんだ・・・」と妙にほっとしていました。
ある時、ふと気づいたのです。

駐車場が、土だったのがジャリに変わったのです。
そのうち、ジャリがアスファルトに変わり、立派な燈籠などが置かれるようになり、
更には、外に小さなお堂が出来、照明も立派なものになりました。
立派になるのは別に構わないのですが、我が家はちっとも良くならなかったのです。

☆それで、やっと気づいたのです。

「御祓い」は効果がない。
単なる気休めだと。

薬でも、人間は良くならないことを知りました。
父が毎食後に飲む薬の量は、年々増えていきました。
薬の副作用で、いつも頭がボ~としているような状態で、
ただ生きているだけ、何の希望もないという毎日でした。
でも、ほかに方法がなければそれに頼ってしまいます。

家の中は、悲惨でしたね。
お金もなく、病気の父親がいることは、家族にとっては大変な負担です。
父のことは、友達にも言わず、ひたすら隠しました。

母のパートの稼ぎで、私たち妹弟3人は、学校を卒業させてもらいました。
母には、感謝の気持ちで一杯です。
頭が下がります。

もちろん、私たち妹・弟は、高校を卒業してからはバイトをしましたし、
自分で出来ることは率先してやりました。
親に頼れない、頼ってはいけないと思ったのです。

私は、少しでも父が良くなり、世間の家族のように、
平々凡々の生活をしたいと願っていたのです。
そのために、少しでも良くなる可能性のあることをやりたいと思っていたのです。

☆なぜか?

そんな先の見通しがたたず、家族としてもどうにもならない時に、
父が良くなる出来事があったのでした。

コスモウェーブ研究所創設者の故広瀬先生との出あいでした。

ある「経営者研究会」があり、
その会にオブザーバーとして故広瀬先生が呼ばれたのです。

その当時、私は全く面識もなく初めてお目にかかりました。
そして、その会のメンバーが、
次々図面や住所・名前を書いている紙をお渡ししていたのです。
皆さんの目の前で、「ダウジング」「フーチ」を使って的確なアドバイスを与えていたのです。

正直な所、こんなことがあるのだろうかと不思議でした。
当然、我が家も見て頂きました。

すると、
「あなたは、普通の健康な人間です。ただ、土地が悪い。
あなたの家は、ご両親が悪い所の全てを背負っている。」

と言われました。

これが、私の人生を大きく変えた始まりです。
まさに、我が家は土地のマイナスを両親が背負ってました。
そんな四苦八苦の時に出会ったのです。
捜し求めていたものにやっと出会えた、あの日の感動は忘れません。

あれから、家族の数だけ、問題は発生しますが、
不思議なことに気づけば落ち着く所に落ち着いているのです。

その後、父は、非常に穏やかな晩年を過ごしました。
入院生活も終わり、自宅から通院するデイケアに代り、
家族も働けなかった父を責めることもなく、
できる最大限のことをしてあげようと気持ちが大きく変わったのでした。

父親らしいことをしてくれなかった父を憎み反抗ばかりしていた私も、
出来るだけ優しい言葉をかけるようにし、父の喜ぶ顔を見たいと思うようになり、
父の大好きなうどんを食べに連れて行ったりしました。

その父も、他界しました。
家族の大きな大きな負担がなくなったのです。
母は、人生のすべてを父のために生きていたので、
当初はスッカリ落ち込んで元気がありませんでしたが、
近くのケーキ屋さんに早朝のバイトに行ったり、
お花のお稽古や卓球や体操、公民館の行事などに積極的に参加して
毎日忙しく残りの人生を謳歌しています。

とても、有り難く、うれしいことです。

また、我が家を調べ、我が家の家族を変えた「ダウジング」「フーチ」と言うものを、
私に教えてくださった故広瀬先生も父の2ヶ月前に亡くなりました。父を、一緒に連れて行ってくれたのだと感謝しています。


その、故広瀬先生から教えて頂いたことを、簡単に、
誰でもできるやり方をお伝えしていくことが私の使命だと考えています。

当時、「ダウジング」「フーチ」をしたこともなければ、やってみたいと考えることもなかったのですが、様々なことを教えていただくうちに、少しずつ出来るようになりました。

「生体活性」と共に、私たちにとって、
生活の基本である大事な「場」を改善するお手伝いをしています。
私たち家族のように無用な苦労をしなくてすむように。

そして、この「ダウジング」「フーチ」の技術を使って、
あなたの心の大きな影やモヤモヤが少しでも晴れるお手伝いが出来ればと願っています。

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